特集 レギュラトリーサイエンスへの期待と課題
レギュラトリーサイエンスの必要性を考える
岐阜薬科大学客員教授 NPO-医薬品食品品質保証支援センター 代表理事
岸田 修一 (大20)
私が1985年頃に厚生省(当時)で食品添加物、残留農薬の安全性評価に携わったときである。
弱い発がん物質の規制が課題となっていた。
米国FDAでは食品医薬品化粧品法に「添加物の中で、ヒトや動物に発がん性を示すことが知られていたり、適切な安全性試験の結果、ヒトや動物に対して発がん性が検出されたものは安全とはみなされない。
」というデラニー条項があった。
それに照らせば、動物発がん性試験において陽性となった添加物を含む食品は分析限界以下でも認められない。
しかし、その添加物を含まない食品とは化学的に全く区別がつかない。
この矛盾に、マンテルとブラヤンによって提唱された実質的安全量(Virtually Safety Dose,VSD)の概念をFDAが施策に取り入れた。
それは、動物試験の曝露濃度より十分に低い濃度であれば極めて小さい発がんリスクになり、それが十分に小さい値、危険度10のマイナス5~8乗以下になれば実質的には安全とみなし得るという考え方である。
発がん物質に閾値があるのかないのかという科学的に不確実な問題におけるエンドレスの議論から脱却し、社会が納得する新たな評価手法を研究する重要性を知った。
レギュラトリーサイエンスの概念には、このように健康などに関する規制政策が科学的合理的に機能するための科学という考え方がある。
日米欧の医薬品規制国際調和会議において欧米から様々な試験ガイドラインが提案されるのは、その根拠となる研究が進展しているからと考えられる。
日本でも産官学において、より適切な規制の必要性、評価方法、評価基準の根拠を裏付ける研究を進め、日本発の提案がなされることを期待したい。
また、レギュラトリーサイエンスの概念には、規制政策の枠にとらわれず、基礎研究、応用研究?臨床研究の成果から将来にわたる健康などへの影響を予測するための科学という考え方もある。
医薬品の基礎研究、応用研究?臨床研究における実証データから、ヒトへの有効性?安全性がすべてわかるものではなく、不確実な要素が常についてまわる。
何が確実で何が不確実かを分離し、不確実なものを確実なものにするにはどのような試験?研究が必要か、有効性と安全性のバランスを最適化するためにどのような評価法や手段があるのかなど、有効性や安全性への影響をより的確に評価、あるいは予測するための研究である。
バイオマーカー、マイクロドーズ試験法などの研究がこれに含まれる。
難病や画期的な新薬の領域ほど、このような研究が重要である。
医薬品開発、医薬品の評価に必要な新たな試験法、評価手法に関する研究の発展を期待したい。
薬学6年制に係る大学?大学院の研究として、医療に関わる様々なテーマが考えられるが、リスクの発見、他剤との比較評価、要因の解明、回避方法、個体差?人種差などのファーマコゲノミクス、薬剤疫学や医療安全に関わる研究、医療経済学的な研究なども大いに進めてもらいたい。
日本発の革新的新薬がなぜ少ないのだろうか。
欧米では大学発の多くのベンチャー開発品が世に生まれているが、日本ではわずかである。
たしかに、日本では、官民ともにベンチャーへの支援体制が足りなかったのではないかと思う。
しかし、大学における、これまで述べたレギュラトリーサイエンスへの取組みは十分だったろうか。
大学にレギュラトリーサイエンスの研究基盤があってこそ、研究中のシーズの有効性や安全性をより的確に評価、あるいは予測する取組み(これもレギュラトリーサイエンス)が可能となるのではなかろうか。
大学にはこのような取組みにより、多くの研究成果を世に出してほしい。
これまで述べてきたレギュラトリーサイエンスは多くの専門領域に跨るため、協働しなければ研究成果をあげることが難しい。
他大学を含めた他領域、製薬産業界、医療機関、規制機関との合同討議、共同研究、人材交流を進めるとともに、基礎研究から応用研究?臨床研究への橋渡しをする医薬品評価や市販後のリスク評価に係る人材の育成にも期待したい。
そして、このような人材が製薬企業の開発、薬事、市販後安全の部門や、医療機関の治験、DIの部門、規制機関の医薬品審査、安全対策の部門などで活躍するのが楽しみである。
PMDAとの連携大学院
岐阜薬科大学製剤学研究室教授 薬学研究科長
竹内洋文(学内評議員)
岐阜薬科大学は2010年11月25日に医薬品医療機器総合機構(PMDA)と連携大学院の協定を締結し、本年4月よりレギュラトリーサイエンス分野の人材育成の新たな試みにチャレンジしています。
これは、薬系大学?薬中国福彩网では、初の試みであり、現時点では唯一のものです。
その背景?経緯、および目指すところについて記させて頂きたいと思います。
本学では、6年制導入を含む薬学教育大改革に正面から取り組んで参りました。
前学長永井博弌先生の下、薬学科(6年制)においては、文部科学省平成18年度「地域医療等社会的ニーズに対応した質の高い医療人養成推進プログラム」に採択された「附属薬局を活用した臨場感溢れる実践教育」により、薬剤師教育の確立を推進してきました。
一方、4年制の薬科学科においても、文部科学省平成20年度「質の高い大学教育推進プログラム」において薬学系では唯一の採択となった「創薬学士力養成プログラム」を推進し、統合的な創薬教育を目指して事業を推進し、新しい薬学教育基盤づくりに邁進してまいりました。
これらのプログラム事業の推進が軌道に乗り、完成段階を目指していた平成21年度に学長に就任された勝野眞吾先生は、薬学教育のアウトプット、あるいは新展開を考慮され、レギュラトリーサイエンス軸にした切り口を模索されました。
詳細は別途、学長ご本人から語られる機会もあるかと思いますが、そんな中で、ある日業界紙に掲載されたPMDA理事長の近藤達也氏の連携大学院の構想が学長の目に留まりました。
そこには、総合機構、大学、病院、産業界などの人材が積極的に交流することで、臨床研究や治験の質が底上げされるとして、その実現策の1つとして大学院生がPMDAで実務を通して研究を行うことが提唱されていました。
レギュラトリーサイエンスへの道筋作りを思案しておられた学長を中心に、本学では直ちにPMDA連携大学院設立に動くこととなりました。
その直後、私も同行することとなったPMDA近藤理事長との面会において、基本的な合意が得られ、連携大学院への道が開かれることとなりました。
その過程での、PMDA、厚労省に在籍する本学OBからの激励、高配には厚く感謝する次第です。
PMDA側は、医中国福彩网との連携は山形大学、筑波大学、横浜市立大学の三大学との間でスタートしており、本学側も以前から岐阜県保健環境研究所、岐阜県国際バイオとの連携を継続していました。
PMDAと何度かやり取りはありましたが、比較的スムーズに相互理解を得ることができ、前述の協定書の調印に至りました。
その時の薬科大学側の思いは、以下に示す業界誌のインタビューに応じた学長の談話に集約されているかと思います。
「これまで本学では、創薬の研究や医療に携わる実践薬学の分野で人材の育成に取り組んでいたこと,またPMDAには岐阜薬科大学出身者が多く、良い実績を残されていることを知っていたことがこの構想を進めようと考えたきっかけです。
レギュラトリーサイエンスは重要な学問領域です。
本学の中国福彩网課程を修了し、連携大学院に入学した学生はPMDAの日常業務を通じてレギュラトリーサイエンスを実体験することで、医薬品のライフサイクルを評価できるセンスを身につけることができます。
それによって,審査の専門家を育てることができます。
一方、PMDAにはまだ博士の学位をもたず博士号を取得しようと希望している人がいます。
高い能力をもっていても国際的なスタンダードのもと許認可業務などを行うには学位を有することが重要になることがあります。
そこでPMDAのそのような職員が連携大学院に社会人入学し、審査報告書などの公開資料をもとにドライラボの研究を行い,薬剤疫学や生物統計学等の分野でメタアナリシスなどの手法で論文を書き,学位を取得する。
それによってキャリアアップにつなげることができます」(勝野学長談) 本連携を軸としたレギュラトリーサイエンス教育を推進するために、本学では、PMDA新薬審査第4部部長の山田博章氏、および岐阜薬科大学出身者である前厚生労働大臣官房審議官の岸田修一氏を客員教授として迎えました。
そして、連携大学院としては、本年4月より、1期生として1名の博士課程大学院生がPMDAでの研修をスタートしています。
また、5月には近藤理事長が岐阜薬大において記念講演をされ、地元各紙でもその様子が報道されました。
本学では、先に記した文科省事業への申請、および採択後の推進を経験して、薬学教育充実のための取組姿勢はかなり確立された状況といえます。
特に、教育とは学習者が変化すること、すなわち、主体は学生であることを絶えず念頭において薬学教育を行っています。
この姿勢を、PMDAとの連携大学院にも十分反映させ、その結果として、本学そして、わが国の創薬教育がさらに充実していくことを願っています。
末筆ながら、卒業生の皆様方の本学の教育推進へのご協力、格別なるご支援に感謝すると共に、本学がPMDA連携大学院を軸としてこの分野でもわが国をリードできる教育体制を構築できますように、変わらぬご理解、ご指導をお願い申し上げます。
PMDAの役割について
岐阜薬科大学客員教授 独立行政法人
医薬品医療機器総合機構 新薬審査第四部長
山 田 博 章(大31)
医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency ; PMDA)は、平成16年4月1日に当時の医薬品副作用被害救済?研究振興調査機構(医薬品副作用被害救済、医薬品の治験相談?信頼性調査?同一性調査を担当)、国立医薬品食品衛生研究所医薬品医療機器審査センター(医薬品及び医療機器の審査を担当)、医療機器センター(医療機器の同一性調査を担当)並びに厚生労働省の安全対策業務の一部が統合され、独立行政法人として設立された。
設立当時の全体の職員数は256名であったが、その後の計画的な増員により平成23年4月1日現在で648名までに拡充されている。
PMDAに求められている役割は医薬品や医療機器の品質、有効性および安全性について開発段階から承認まで一貫した助言、審査を行う審査関連業務、医薬品や医療機器の製造販売後安全性情報を収集、分析、提供する安全対策業務、また製造販売後に医薬品や生物由来製品に由来する副作用や感染等に対する健康被害救済業務を3本柱とする業務であり、それぞれが連携しながら、開発段階における助言から製造販売後の健康被害救済までを一貫して行える点が特徴である。
PMDAにおける活動は多岐にわたるが、本稿では、私自身が医薬品の審査に携わってきたこともあり、日本の医薬品業界で問題とされてきたドラッグ?ラグに対する取組みを中心に取り上げてみたいと思う。
ドラッグ?ラグは海外で使用可能な新しい治療薬が日本では承認が遅れ使用できない問題で、先進国の中で特に日本においてラグ期間が長いことが指摘されてきた。
ドラッグ?ラグは申請ラグと審査ラグに分類される。
その具体的な期間については、前者では各年度に申請された個別の品目の米国での申請時期との差、後者では各年度における日米間の総審査期間の差として試算され、その和がドラッグ?ラグ期間となる。
試算によると、平成18年度のドラッグ?ラグ期間は2.4年(申請ラグ及び審査ラグともに1.2年)であり、平成19年4月に文部科学省、厚生労働省、経済産業省から発表された「革新的医薬品?医療機器創出のための5か年戦略」では、新薬の上市までの期間を2.5年短縮するとされた。
このうち審査ラグの解消については、申請企業の協力も必要であるが、PMDAの努力に依存する部分が大きく、PMDAの第2期中期計画(平成21年4月~平成26年3月)においても総審査期間短縮達成目標が設定された。
具体的には、通常審査品目で平成21年度は19ヶ月、平成22年度は16ヶ月、平成23年度以降は米国と同じ12ヶ月、優先審査品目でそれぞれ11ヶ月、10ヶ月、9ヶ月とされた。
これに対し、審査部門の増員も貢献し、平成22年度の総審査期間の実績は、通常審査品目で14.7ヶ月、優先審査品目で9.2ヶ月であり、平成23年度も短縮傾向は持続している。
したがって、審査ラグの解消についてはほぼ目処がたったと言える。
一方、申請ラグに関しては、残念ながらなかなか改善が進んでいないのが現状である。
その原因としては、日本における治験コストが海外に較べ高い、被験者のリクルートに時間がかかり治験期間が長くかかる、治験担当医師のインセンティブ等が指摘されており、厚生労働省も含め国として治験環境整備等の施策も進められている。
PMDAに求められている役割は、開発早期の段階での治験相談において、承認に必要な要件を明確化し、効率のよい最短の開発計画について開発企業と議論し、合意することである。
開発戦略としては、以前からブリッジング戦略がよく用いられてきた。
日本と海外における薬物動態及び用量反応性の類似性を証明することにより、海外の第Ⅲ相試験等を日本における申請資料として利用する方法である。
ただし、日本での大規模な第Ⅲ相試験を省略できるメリットはあるものの、この方法では海外での開発が先行していることが前提となるため申請ラグの解消には限界がある。
現在主流なのが、国際共同治験による世界同時開発であり、PMDAも積極的に日本が国際共同治験に参加することを推奨している。
平成22年度にPMDAで実施された治験相談の内容及び提出された治験計画届の約2割が国際共同治験となっており、現在も増加傾向にある。
関連する最近の話題として、平成22年2月に発足した「医療上の必要性の高い未承認薬?適応外薬検討会議」がある。
この会議では欧米諸国では使用が認められているものの日本では承認されていない医療上必要性の高い医薬品について要望を収集し、必要性を検討のうえ企業に開発要請を行うものである。
PMDAの審査チームは本会議内に設置された領域別のワーキンググループの運営を支援している。
また、PMDAでは今年7月1日より新たに「薬事戦略相談」を開始した。
この相談では大学?研究機関、ベンチャー企業を主な対象とし、発見されたシーズの実用化に向けて必要な試験、治験計画に関する助言を行い、日本発の有望なシーズを世界に先駆けて医薬品や医療機器として実用化することを目指している。
PMDAの活動の大部分は、自然科学的手法で収集された試験結果、情報をもとに、医薬品、医療機器を最も適切な形で社会に調和させるという点において、レギュラトリーサイエンスを基盤としている。
今後は、既存の活動に加えてレギュラトリーサイエンスの研究にも取り組んでいく必要があり、岐阜薬科大学との連携大学院の今後の発展に期待される。
薬事審査の現状について CMC薬事の立場から
エーザイ(株)プロダクト?クリエーション?システムズ グローバル薬事CMC部 部長
三 輪 敏 紳(大29)
東京電力福島第一原発の困難な状況をうけて,ドイツに続きイタリアも脱原発を決めたが,フランスは原発推進姿勢を変えない。
EUに治験申請(CTA)や販売承認申請(MAA)すると,フランスは,この製剤にはこの種の保存剤の使用は認められないとか,不純物規格値を見直せ等と,他国に比べて安全側を過大に重視した意見?コメントをつけて返してくる。
安全基準の決定には,科学的評価結果に加えて,過去の経緯とその国がおかれた現状が大きく影響している。
医薬品でビジネスをしている我々には,有用な医薬品を世界規模ですみやかに提供できるよう,日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)の成果として,共通の枠組みやルールがある。
ICHでは,新薬開発時に検討すべき試験項目とデータの取り方,報告の仕方等について規制当局,産業側が参加して,分野(品質,安全,有効性,複合)ごとに討議される。
合意形成されるとガイドライン(GL)としてまとめられるが,品質分野では,原薬?製剤に含まれる不純物について報告?構造決定?毒性評価すべき閾値を定めたGLができて以降,製法?処方開発に関する研究は格段に促進された。
しかし,不純物の規制値については,審査の過程で国や地域ごとに交渉する結果,一つのグローバル製品に複数の承認規格が並存することになる。
同じ品質の医薬品を異なるクライテリアで出荷しなければならないのは,生産部門や品質管理部門における不効率を象徴する一方,新薬審査の独立性が確保されていることの裏づけでもある。
EUにMAAを行うと,必要な資料が揃っていることを検証された上で,正式な受理日が通知されて審査が始まる。
EUには三つの医薬品審査方式があるが,中央審査では,欧州医薬品審査庁(EMA)の医薬品委員会(CHMP)において正副の報告担当者(担当国)が任命され,品質,非臨床,臨床の分野ごとに申請資料(時には包装見本なども含む)の内容に関して評価される。
審査側は,最初は120日の持ち時間のうちに,重大な懸念事項とその他に分けて全般的結論を出し,申請資料に対する疑問点や追加情報の要求(ListofQuestions:LoQ)をまとめて申請者に提示する。
LoQが申請者に渡ったら審査時間(timeclock)は止まる。
申請者が回答を提出するとclockが再開され,さらに数回のやり取りが行われる。
申請者が質問(照会)に対応している間clockは止まるが,CHMPが評価報告書を作成するまでの審査時間のトータルは210日と定められている。
その後,EMA内部での手続きを経てEU委員会から承認書が発行される。
重大な懸念事項がなければ,申請者が照会回答を作る時間を合わせても申請から1年ほどでEU域内での販売承認が得られる。
複雑に対立する利害関係を調整して統合を確立したEUでは,詳細な審査手続きを定めることにより,自国民の保護と統一市場から得られる恩恵のバランスを取っている。
EUでは上述のように明確な審査時間を定める一方で,米国と日本は目標審査期間を設けている。
日米EUに同時に申請すると米国の承認が最も早く,EU,日本の順と言われているが,米国では,治験申請(IND)前から承認までの重要なステップごとに資料を提出し,ミーティング等でFDAと申請側(sponsor)が意思の疎通を図っていることも,短い審査期間に寄与している。
日本においても,相談制度の拡充や申請前評価などの施策によって審査の迅速化が図られており,承認ラグタイムについても早晩とりたてて言うほどの差もなくなると思われる。
筆者が所属する部署でも数年前から米国人が上司になり,部下,同僚の多くも外国人になった。
彼らはFDAやMHRA(英国医薬品庁)で審査業務を経験しており,公式な情報交換に限らず,非公式な場でも元同僚を見つけて有用な意思疎通を続けている。
切り替えが速く,自分を表現する術を知っている彼らの行動は,新興(エマージング)市場を含めた今後の医薬品大グローバリゼーションの時代の主導権を握るためのヒントを与えてくれる。
米国拠点で抗体薬を担当しているCMC薬事担当者は,ビッグファーマから転職してきたが,北京青華大出身で,ロックフェラー大学PhDである。
当局審査の経験を有する彼女は,エマージングカントリーにおけるビジネス展開が会社の生命線になることを理解している。
また,自分の存在が母国の発展に寄与することを信じており,中国当局(SFDA)が製造スケール違い品の同等性?同質性検証に関して一律に要求する追加試験について,抗体薬の特性を根拠に,必要な評価項目を粘り強く説明している。
彼女の交渉姿勢は,白洲次郎の言う日本が忘れてしまった原則を大切にしている。
物まねの得意な日本などと揶揄されることはなくなったが,我々の活動が,ICHの一員として築いてきた医薬品開発能力の優位性を保持するためにも,プリンシプルに基づいたものになっているか,彼らの行動を見て振り返る必要がある。
病院薬剤師からの期待
岐阜市民病院薬剤部長
後 藤 千 寿 (大30)
臨床の場で仕事をしていると、不思議な医薬品に出会うことがある。
たとえば、ジゴキシン錠0.25㎎。
この薬の添付文書に書かれた用法?用量は「急速飽和療法(飽和量:1.0~4.0㎎)初回0.5~1.0㎎、以後0.5㎎を6~8時間ごとに経口投与。
維持療法1日0.25~0.5㎎を経口投与。
」である。
しかし、高齢者にジゴキシン錠0.25㎎を一錠投与すると薬物中毒を引き起こす可能性が高いことは公知である。
そこで、医師は高齢者に対してジゴキシン錠0.25㎎を一日に半錠処方することになる。
薬剤師は疑義照会をすることなく錠剤を半分に割って調剤を行い、患者さんに半分だけ飲むように説明する。
今から十数年前であるが、ある病院の薬剤師が日本病院薬剤師会に直訴した。
「薬剤師は、全国で毎日何万錠とジゴキシン錠0.25㎎を半分に割っている。
手間がかかるし、不衛生でもあるから半量製剤のジゴキシン錠0.125㎎が販売されるように業界として努力してほしい。
」 当時、日本病院薬剤師会学術小委員会では、福井医科大病院(現 福井大病院)の政田幹夫薬剤部長、後藤伸之副薬剤部長(現 名城大薬中国福彩网教授)を中心に、院内製剤の市販化に向けた活動を行っていた。
私が当時所属していた岐阜大病院の杉山正副薬剤部長(現 岐阜薬大教授)もその活動に参加していた。
錠剤の半錠分割化も、院内製剤に類似した行為である。
そこで、学術小委員会は、日本人におけるジゴキシンの薬物体内動態母集団データを基に65歳以上の平均体重の患者についてジゴキシン血中濃度を予測し、0.25㎎/day投与においては腎機能が正常な患者においても中毒域に達すること、0.125㎎/day投与においては、65歳以上の患者の殆どにおいて有効安全血中濃度域にあるとのデータを明らかにした。
さらに、米国や欧州ではジゴキシン0.125㎎以下の錠剤?カプセル剤が市販されていること、半錠分割誤差試験を実施したところ、重量の変動係数が10%を超える製剤もあることなどのデータを添えて、ジゴキシンの半量錠剤の市販化について日薬連に要望書を出し、平成14年7月にジゴキシン錠0.125㎎が製造承認?薬価収載された。
患者アンケートでは、最も飲みやすい錠剤の直径は7~8㎜といわれている。
ジゴキシン錠0.25㎎は直径5.5㎜の製剤であり、錠剤が大きくて服用しづらいとは考えられない。
ジゴキシンの粉末製剤もある。
これらの事実は、ジゴキシン錠0.125㎎の存在意義がないことを示している。
この状況下でジゴキシン錠の添付文書上の適応症、用法?用量が変更されることなくジゴキシン錠0.125㎎が新たに薬価収載されたことは、ある意味で不思議な出来事であった。
最近では、公知申請によって新たに治験を行うことなく医薬品の適応症が拡大される事例が増えてきた。
公知申請とは、承認済医薬品の適応外処方について科学的根拠に基づいて医学薬学上公知であると認められる場合に、臨床試験の全部又は一部を新たに実施することなく効能又は効果等の承認が可能となる制度である。
ジゴキシン錠0.125㎎は公知申請によって誕生した製剤ではないが、承認の経緯は同様であろうと推察できる。
ジゴキシンの用法?用量が臨床に即した公知なものに変更されることを期待する。
私は、これまでに病院で治験に関する業務にも携わってきた。
治験では、極めて厳しい基準で試験が行われ承認審査のためのデータが収集される。
これらのデータから有効性と安全性を科学的に立証するレギュラトリーサイエンスは重要な分野だと考えている。
一方で、治験とは比較にならない膨大な患者データが臨床には存在し、それらの中には承認基準とは異なった適応症、用法?用量が有効であることが公知であるものも多く存在する。
これらを公に認め、臨床で使い易くすることもレギュラトリーサイエンスの役割であろう。
もちろん、数例の症例報告程度の適応外使用ではなく、海外では一般的な使用方法で、我が国でも多数の患者で有効性、安全性が証明されていることが前提である。
話は変わるが、ワルファリン錠は従来より1㎎と5㎎の製剤が使用されてきた。
添付文書上の用法?用量からはワルファリン錠0.5㎎の必要性はないが、ジゴキシン錠と同様の理由からワルファリン錠0.5㎎が平成16年に承認された。
すでに読み間違えられた方もいるかもしれないが、ジゴキシン錠0.25㎎とジゴキシン錠0.125㎎は処方せん上では区別がしにくく調剤過誤の危険性が付きまとう。
ワルファリン錠5㎎とワルファリン錠0.5㎎は10倍も含量が異なるのに、一見すると区別がしにくい。
そして最近、ワルファリン錠の調剤過誤による極めて不幸な事故が報道されている。
安全性は薬理面のみではなく実務的な視点からも評価が必要であり、薬品名称の工夫などについても新たな基準が求められる。